次にクルーヴハルのことが具体的に浮上したのは2019年2月。ある映画の試写に行ったら満員で入れず、フィンランド好き仲間の写真家の方とばったりお会いしてお茶した際に「クルーヴハルに行ってみませんか?」という話になったのです。
トーベとトゥーティは島での滞在を断念したのち、地元ペッリンゲに小屋を寄贈しました。現在は 6 月末~8月最終週+9 月第1週までの約2カ月、アーティスト向けのレンタルウィークとして週貸しされています。7月の第30週に1週間だけオープンハウスウィークがあり、その期間は誰でも島を訪れることが可能(日本からもツアーが組まれていますし、現地の日帰りツアーや個人で船をチャーターすることもできます)。
ちょうど1~2月がレンタルウィークのエントリー時期。問い合わせのメールなどのやりとりを始めたところで、写真家の方が「もしかしてパートナーさんといっしょに行きたいですか?」と聞いてくれました。言われてみれば、トーベとトゥーティがふたりで暮らした島にパートナーと行けるとしたらそれほどうれしいことはありません。かつてはトーベの母ハムと3人(+猫のプシプシーナ)で滞在していたのですから、スペース的には可能なはず。ところが、現在は「宿泊していいのは大人2名まで」とルールが厳格化されており、わたしではなく写真家の方の名義でエントリーしてもらうことにしました。
その後、2020年からはコロナで旅行が困難になり、2023年にふと思い立って問い合わせをしてみたのですが、すでにエントリーと選考期間が終了していました。
満を持しての今年2024年。2月末までに応募書類を英語で作成し、ペッリンゲ遺産協会に送付。ご興味のある方はサイトを直接ご確認いただければと思いますが、必要な資格などは特に明記されていません。「主にアーティストのためのレジデンス」「個人使用のみ」とあるだけで、求められている条件に自分たちが該当しているのか、わかりませんでした。わたしはアーティストではなく、パートナーもアートを生業にしているわけではありませんが、ふたりで猫漫画を描いていること、ライターとしての履歴、仕事内容、ムーミンやトーベとトゥーティ、クルーヴハルへの憧れも綴りました。
書類を作りながら思ったのは、わたしはもちろんムーミンとトーベの大ファンではあるけれど、トーベとトゥーティの暮らしを追体験したり、偉大なアーティストの秘密の一端を探ったりしたいわけではなく、その地で自分が何を感じるかを大切にしたい、ということでした。それをもとに何をするという具体的なプランや寄稿先が決まっているわけでもなく、ただ、1週間過ごして得たもの、貴重な経験とクルーヴハルを含むペッリンゲを魅力を多くの人に伝えたい。そのあたりの気持ちをそのまま素直に書きました。
ムーミンをテーマに取材でフィンランドをまわったとき、クルーヴハル行きだけが実現せず、長年の夢として残っていること。ツアーで短時間訪れるのではなく、じっくりと、できれば自分たちだけで島と向き合いたいということ。書けることはすべて書いて、手応えはあったし、やれることはやったからこれで落ちたら仕方がないなという感じでした。
少し難しいのは、クルーヴハルおよび周辺の地域は自然保護区にあり、観光客を呼び込みたい一方で、歴史的価値のあるトーベたちの残したものや環境を守らなければならないという側面もある、という点。クルーヴハルで撮影した写真や動画、文章や絵などの創作物は個人の作品として発表することはできますが、商業的に使用する場合は許諾と使用料が必要になります。どこまでがOKでどこからがNGなのかは事前にも確認をしたのですが、明確な線引きはしづらいようでした。
ですから、これからいろいろ書くことが他の方の参考になればいいなと思いますが、こうやったら行けるよ、行ってみて!というガイドにはしない/できない、ということを先にお伝えしておきます。
書類を送ってから約1カ月。4月には全員に返事が来るとのことだったのですが、3月末、たまたま原宿にフィンランドから来日したアーティストの方々の展示を観にいく前にハンバーガーを食べていたとき、メールが届きました。そこにはわたしたちが滞在できる期間、代金の振込先と期日、船をチャーターする場合の依頼先などがわかりやすく書いてありました。他にも、持っていくべきもの、あるとよいもの、してはいけないこと等。
実は船のチャーターがひとつの難関で、以前は船の持ち主に直接電話で交渉すると言われていたため、ハードル高すぎる~と二の足を踏んでいたのですが、窓口がはっきりしていてメールで頼めると知ってとてもほっとしました。
選考理由や条件などは何も書いてなかったので、なぜ選んでもらえたのかは今も不明です。強いていうなら、8月後半は日照時間が短くなって寒さが強まり、海が荒れる可能性が高く、フィンランド人の多くは仕事に戻るため、7月に比べると希望者が少ないということ、わたしたちが島ではないけれど海のそばに小屋を持っていて限られた食品などで生活することに慣れていること、あとは熱い意気込みが伝わったのかな、と。
準備期間は約4カ月。ムーミンとトーベの本を全部読み返して、持っていくものの綿密なリストを作って、そうだ英会話のブラッシュアップもしないと……。前後にはどこに行こうか、ホテルはどうしようか、誰と会おうか。その時点では時間が十分あると思っていました。